大河館、妙心寺玉鳳院 仏殿、浴室明智風呂

DSC04940.JPG
今日はここから 亀岡の大河ドラマ館から 京セラドームの中にあります
亀岡城も明智光秀の縁のお城
DSC04941-2.jpg
光秀さまと 写真撮影はここまで 中は撮影禁止でした
大河ドラマメイキング、、本能寺の変の謎いろいろな説、俳優さんと役柄、着物の展示がありました。始まったばかり今後がどうなるか。。。
DSC04942.JPG
亀岡駅から見る駅の北側、京セラドーム
DSC04943.JPG
DSC04944.JPG

DSC04949.JPG
妙心寺
DSC04950.JPG
閉じられている勅使門
DSC04951.JPG
塔頭
DSC04952.JPG
三門 特別公開で楼の中の絵を見せてもらったことを思い出しました
DSC04953.JPG

DSC04960.JPG
今日は玉鳳院へ 写真撮影禁止なのでお話があったことを覚書に
花園法皇の離宮跡を禅寺にしたのが妙心寺の始まり
方丈は狩野永真の麒麟、ちょっと愉快な龍の障壁画、花園法皇の木像が奥にあります
開山堂、微笑庵(みしょうあん) 3時10時何時だったか、一日3回塔頭の住職が持ち回りで、お経をあげるそうです。夜中の3時とは。ご飯も炊いてお供えしているそうです。風水井戸 風水はなくなる場所を見つけるという意味でもあり、開山した慧玄が立ったまま亡くなったそうす。立ったままというのは臨終によいことだそうです
棗型手水鉢 下は蓮の葉のような石
夭折した豊臣秀吉の長男鶴松の霊屋、前はおもちゃの車が奉納されていたそうですが今は博物館へ
織田信長、信忠の石塔、武田信玄、勝頼の石塔がありました
DSC04958.JPG
外に出て 二つある勅使門の破風の向きがちがいます
DSC04959.JPG
DSC04957.JPG
応仁の乱の跡があるとのことでしたが、これでしょうか
DSC04961.JPG
仏殿へ
DSC04964.JPG
蓮の花を手にした拈華微笑ねんげみしょう(言葉なくして思い通ずる)の本尊釈迦如来様と迦葉尊者と阿南尊者の像が脇侍
祠堂に明智光秀の位牌が安置されていました
DSC04965.JPG
浴室 明智風呂へ 光秀の供養のためにたてたもの 本人が入ったわけではない風呂です
DSC04977.JPG
お風呂は毎日はいるということではなかったそうです
DSC04966.JPG
入り口の蛙股
中の写真撮影どんどんとってよいですよということなので、
DSC04978.JPG
この写真が全景なのでわかりやすいでしょうか
DSC04968.JPG
蒸し風呂 水をためて
DSC04969.JPG
まず火をおこして釜で湯をつくり
DSC04971.JPG
木の箱の所に入れ、わかりにくいけど、こちらもしたが竈で碑で温め、湯気を部屋の中に出し、サウナに
DSC04970.JPG
煙だし
DSC04973.JPG
配水溝にもなっていたお風呂の前 光秀の命日のみ「開浴」の札、他の日は「施浴」
昭和2年まで使われていて、訪れた人の中には実際入った方もいたとか。ここに来るときに境内中の小さい車に乗っている年配の方たちがいらしたので、懐かしくて見に来られた方なのかな
DSC04974.JPG
櫂をこぐこのお姿が浴室にはかかげられるとか
DSC04972.JPG
光秀辞世の句
本能寺の変ののち、光秀は妙心寺仏殿に礼拝し、辞世をして自害をしようとしたが、それを察した妙心寺の僧が自刃を戒めました
光秀の叔父であった太嶺院の僧密宗和尚は光秀の菩提を伴うために浴室を建立したそうです
光秀と妙心寺と私には意外なつながりでした