蓮性院 松明院 隣松寺

細川氏縁ときく蓮性院へ
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細川山 蓮性院
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本堂跡があり
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元首相がご先祖に参拝された記念碑
細川氏DSC06460.JPG
墓所は、よくわかりませんでした


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松明院 
1368年松平村大給の仏堂を、初代大給城主松平乗元が再建 細川城も所有していた その戒名から松明院と名付けられました
1582年現在の場所に移され 大給松平家、奥殿松平家の菩提寺となりました
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総門横の観音堂と睡蓮の池
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この時期なので連写させてください
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矢作川を渡り、豊田市へ この間上郷駅でまったくバスがなく、といって近くのお寺巡りもあまりできなかったのでちょっと離れた隣松寺へ
いってみました
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浄土宗 稲荷山 隣松寺
淳和天皇の第三皇子の東山親王国永公が当地に配流され、承和10年なくなられ仁明天皇がその追善のため創建 天台宗でしたが、明徳年間に浄土宗に改宗
境内の稲荷社は松平弘忠が家康の誕生に成長の無事を祈願したもの 
家康は三河一向一揆で稲荷社に戦勝祈願し、勝利したのち、寺号を「玉松山」から「稲荷山」に改めてj自身の甲冑姿の木像と念持仏を奉納し、朱印地30石を寄進した ~wlikiより

ここ訪れた目的の一つに細川氏3代の墓所があるということでしたが、大きなお寺にすっかり忘れていました

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長い参道
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これもダイナミック
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中門
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葵御紋の手水処
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本堂
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庫裏
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美しく手入れされたお寺のお堂に魅了されます
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稲荷さんも
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伏見稲荷さんから勧請されたのですね
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そして一向一揆の時にこのあいだ 上郷でみた上野城とも合戦があったのですね 一向一揆は本証寺、岡崎あたりかと思っていましたが、ここも 徳川の御紋があるのもうなづけます

まだまだ知りたいまわりたいところもあったけど、今日はここまで 細川氏、大給松平氏など、松平にまつわるところを少し回りました
又落ち着いたら調べながらめぐってみたい

奥殿陣屋 岡崎市 

やっと自粛が解けたかと思ったら雨、コロナ禍になってしまいました
車で買い物に出かけたときに、先日行けなかった静かな岡崎の山会いに寄ってみました
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奥殿陣屋
奥殿松平家の初代は真次で二代将軍秀忠の家来として、大阪の陣に活躍し、大番頭に抜擢された 二代の乗次の時、大給藩となり第4代乗真の時、奥殿に陣屋を移し、奥殿藩が誕生しました 案内より 松平の第四代親忠から分かれています
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資料館にあった陣屋の概要 もっと古い地図もあったのだけど、私レベルではわかりづらくて
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学問所もあったようですね
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上がっていって
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上から見た全景 木ばかりですが
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蓬莱の庭を散策
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書院と金鳳亭
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書院でお抹茶と紫陽花の和菓子をいただきました
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窓から見る庭
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書院の中、刀もありました 純情きらりのロケ地でも
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裏千家 玄々斎宗室生誕の地 玄々斎宗室七代目五男です
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御廟所を参拝しにあがります
土塁跡 七神宮
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御廟所には静かに参拝しました
陣屋入り口の茶屋では人に会いましたが、ほとんどだれもいない空間 
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違う道、今度は山道を通っておりてみました
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蓬莱の庭に降りるはずが猪除けの柵、電線にはばまれ、どろどろの中またもとのみちにあがります
買い物ついでなので、バッグもリュックでないし、靴も歩き用でなく、サンダルでなかったのが幸いでしたが、やはり用意はしていかないといけませんね
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熊野神社の方へおります
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参拝し
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奥殿陣屋の入り口
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持統天皇が命名されたとされる花ぞの山村積山のふもとの陣屋 花も美しいと聞きます また訪れたいところ・・

達磨寺 奈良

王子駅からバスを降りて 達磨寺へ
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聖徳太子の飼い犬の雪丸くんが出迎えてくれます
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マスクをした雪丸
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足跡のあとをおっていきます
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からくり時計もみえてきました
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ここにも雪丸
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雪丸に導かれ達磨寺につきました

臨済宗南禅寺派 片岡山 達磨寺 
達磨大師が613年推古21年飢えたものに身をやつし、聖徳太子とであった歌を詠み交わしたお寺

聖徳太子が片岡に遊行された際、一人の異人が道に伏せて飢餓に苦しんでおられました。太子はとても憐れんで衣食を給し、一首の和歌を詠んで去られましたその翌日祖の異人は亡くなられ手厚く葬らせ、後日その屍を検視すると屍がきえ、衣服だけがお棺の上に残されていました
世の人はこれは達磨の化身だといい、その奇跡に驚きました。このお棺の上に達磨塚を整え、さらに精舎を建立し、聖徳太子自ら刻んだ達磨の木像を安置したのが始まりとされています 
その後荒廃していたところ建久年中に笠置の解脱上人が達磨の木像を繕い、塚上に三層の塔婆を建てて初めて達磨寺と称されました
その後興福寺僧に焼かれ、延応年中に松尾の勝月上人が再興し、永享年中に建仁寺の南峰禅師が住持と成り 足利の慕命により中興されました松永久秀の兵火で堂宇を失い、 正親町天皇の綸旨徳川秀頼により佐健され、徳川家康から30石の朱印地が安堵されました~案内より

とても見所の多いお寺なので、ゆっくり書いていきます
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石塔の遺構もあるのですね
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人が石を抱っこしていましたので何かと思ってみにいきました
薬師石
眼を閉じて妙手で抱けば病気が全壊するという、江戸時代の大和名所図会の達磨寺の挿絵に薬師石が乗っているので、古くから信仰があったとされます
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導いてくれた雪丸 聖徳太子の飼っていた犬だそうですが、人の言葉がわかりお経も読めたという賢い犬 すごいな
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そしてそうなのです、大河でも出てきた松永久秀の墓所も 先ほどいった信貴山城の城主でもありました
兵火でお寺も焼けているのですが・・そこは温厚なお寺なのでしょうか

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建築など珍しいものが多く、どうしても説明板をとってしまいます
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本堂に上がらせていただき、参拝しました
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千手観音様、拝観させていただきましたが、手を細かい細工で巧妙に繊細に作られています
お写真はお寺のパンフレットから頂戴しました
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古墳群も
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達磨石 達磨大師が座ったとされる石
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聖徳太子の太子石
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石も
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境内の藤棚 花も見どころも多いお寺 また訪れたいなと思いながらDSC06421.JPG
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案内してくれた雪丸 
聖徳太子の新たな一面をみる信貴山、王寺巡りでした まだ詳しく知りたい、訪れたいと思った旅でした


信貴山 朝護孫子寺 その2

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世界一大福虎といわれる寅さんと本堂
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がおと口を開けた寅さん
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本堂をみて
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小虎と一緒に
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赤門をくぐり  さてどちらから行こうか悩みます 本坊の方へ
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武将姿の聖徳太子像 十七条憲法や、笏を持ったお姿の方が有名で武将姿に新鮮さをおぼえます
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かやのき稲荷
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①本坊 の中にも虎
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②成福院 如意融通尊が祀られています よく融通が利くという言葉はこの方から来ているとのこと
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不動明王堂と三宝荒神様
参道を先ほどまで、山全体に響き渡るような読経で祈祷をされていたのでしょうか、お坊さんたちが通ります
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石の虎
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③本堂 懸けつくりの境内から見るそら
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大和川が流れる先ほどの街がみえます
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本堂から見たお堂
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先ほどの開山堂
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三十の塔と日本一大きいお地蔵様
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本堂 扁額が欠けてしまいましたが、毘沙門天王の両側に百足は毘沙門天様のお使い
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境内から見る景色になごりをおしんで
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DSC06360.JPG上がってきた参道 遠くに三重塔と大きなお地蔵様
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多宝塔へ
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振り返って鐘楼 鐘楼の下が木の間から見えます
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行者堂から神変大菩薩様を拝んて 道の分かれ道 下の道を行きます
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上への道は空鉢護法へ
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遠くにみえてた三重塔とお地蔵様
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参拝して今度は石段をおりていきます 途中から見たお堂 伽藍
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ここにも虎
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④玉造院 浴湯堂
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最初の成福院までもどってきました
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参道途中で
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⑥千手院
ここは占い 軽食などあってにぎやかでした お堂の写真もとれず、寅の中に入っていくという場所もありました
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赤門をくぐり 福寅さんの所に戻ってきました
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閑古鳥 平和の象徴
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無料の休憩所の扁額 見上げると立派な額が。もともとはお堂だったのな 北野天満宮を思い出します
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山の斜面に建てられた広い境内のお寺 お堂それぞれ特徴があって、テーマパークの遊具の中を歩いているようでした 昔の人は信仰と楽しみがあって回ったのかななどと思いました 地図とにらめっこでちょっとつかれた 山の間の狭いところに立っているので、お堂も全景がなかなか写せない そしてとても多い。神仏習合のお寺・・
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バスの中から山、街並みを見ながら、まだ回り切れなかったお堂もあり名残惜しみながら降りていきました

信貴山 朝護孫子寺 その1


約1400年前物部氏を討とうと聖徳太子がこの山に来て戦勝祈願し、天空はるかに毘沙門天が出現し、必勝の秘宝を授けられた
その日は奇しくも寅年、寅日、寅の刻であり、その御加護で物部氏を倒し、世が治まってから自ら天皇の御尊像を刻み伽藍を創建し信ずべき山、貴ぶべき山「信貴山」と名付けて以来、毘沙門天王は虎にゆかりのある神として信仰されています~案内文より

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信貴山にバスで到着
バンジージャンプができるという橋がみえました・・やってる~
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ちょっと場所柄上手に撮れませんでしたが、虎さん
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神社の鳥居をくぐり
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大きな仁王様のいらっしゃる仁王門をくぐり
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力強い古式ゆかしい鳥居をくぐり
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遥拝石 ?でしたが境内とても広くここにある意味がよくわかりました
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猪上神社へ参拝
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多聞天と書かれた鳥居をくぐり
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この位置から本堂がみえるのですが
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まず開山堂へ 階段が続きます 後で知りましたが108段あるとか
山に埋もれるお堂
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本堂がみえます これも後から教えてもらいましたが、開山堂は本堂と同じ高さにあるそうです
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開山堂
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横からみた開山堂
お守りなど売っているところの女性の方が説明してくださいました
開山堂の中は四方正面式で彫り物も、聖徳太子様、弘法大師様、命蓮上人様もすばらしく、床形式にしたので御砂の砂は埋もれて今はお堂の中の御影石の石のしたにあるとのこと ご本尊様の写しは大正時代に大修復・・お札,ろうそくの話、御商売のように流暢な説明でした
水に浮かべるろうそくはまず水に浮かべて鎮めてから火をつけることも教えてもらい火をつけ参拝しました
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命蓮上人の墓所を参拝して戻ります

赤門へ

龍田大社 神奈備神社  ~奈良~

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今日はここから三郷駅から 龍田街道をあるいていきます
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坂をあがっていくと神奈備神社
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かむなびじんじゃとお呼びするのですね
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神奈備の杜 龍田神社の飛び地境内地だそうです
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途中の字騒動三でしょうか
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煕がある景色 かなりあがってきました
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龍田神社へ到着
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手水処は使われていなくて、清めの水がさらさらながれていました

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狛犬さんもまたとても古いかんじ
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大阪式の尾が扇のようになっています
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古代から信仰されていた神社
今から約二千年前、第十代酢仁天皇の時代 凶作、疫病が流行したとき天皇の御夢の通りにお宮をお造営すると疫病が退散し豊作になったことが神社の創建と考えらえています
主祭神は天御柱大神、国御柱大神

とても拝殿から写真を撮ることができず、横からですが雰囲気を感じていただけるでしょうか
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社務所近くの方位 奥には雅楽の絵がありました
御朱印をいただいたら、うちわまで下さってお気遣いありがとうございます
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金比羅さんと不動明王さんがいらっしゃる
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門を閉ざしたままの寺院
大和川にそって歩いて
駅へ
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前から見て
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信貴山下駅からバスに乗り 信貴山朝護孫子寺へ向かいます



 誓願寺上野城跡 岩津城跡、信光明寺、岩津天満宮 

豊田市駅から愛環鉄道に乗り
三河上郷でおりました
バスが・・1時間半もない・・ 駅周りを歩くことにしました
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浄土宗 誓願寺
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紫陽花の参道を登り参拝
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お堂も立派
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しばらく歩いて  ここではお寺の行事jがあるのか人の出入りが多く、お施餓鬼?写真がとれませんでhした
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上郷駅にかえり、案内板

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まだ時間があったので、上野城跡へ
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段差を感じてもらえるでしょうか
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こちらの方は下は川になっています
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今は神社の境内になっています
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このような風景が広がっています 村積み山も見えるかな
歩いていこうと思いましたが距離が6キロはあるので今回はやめてまた駅に戻り
バスに乗りました ローカル路線バスの旅を思い出す
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岩津天神口で降り、坂をあがり、案内で曲がった道でみた石垣?
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眺望も   でも進むと人家になるのでまた元の道にもどって
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岩津城の登り口をみつけました
松平二代が松平郷から進出し、三代が築いた城
北条氏にせめられたこともあります

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こんな杖もおいてあり
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登っていくと
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ここまで登り、草深くなるので、さきほどみた蝮注意の看板を思い出し今回はここまで
土塁など残っている遺構だそうなのでまた挑戦するつもりです
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岩津天満宮へ
学問の神様として合格祈願に訪れる方の多い神社ですが
岩津城の守護神としての役割も
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静かな境内に参拝しました
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筆塚
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降りていきます 参道も緑に包まれて
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信光明寺へ 松平三代の墓所があります
坂からぐるっと道をまわり降りていきます
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IMG_7811.JPG観音堂は国指定重要文化財 一度焼けましたが修復されました
芭蕉天神は岩津天神のご本尊、こちらで預かって守られていました
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本堂の前には狛犬さん 天神様をおまつりしたり神仏習合ですね
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高いところにある三代の墓所 お寺の方が掃除をされていました
よく手をあわせました
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隣の保育園
なんだか大樹寺小学校を通るビスタラインを思い出します 中門のむこう、昔はなにがみえていたのでしょうか
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保育園をまわっておりて長い参道から見る信光明寺DSC06285.JPG
道を歩いて
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住宅街の中の本多忠勝公誕生の碑
碑の前に車がとまっていてこんな写真になってしまいました

蓮をみ、松平の歴史、家臣の生まれ、墓所を訪ね、歴史のある岩津、豊田を歩きました 久しぶりに三万歩をこえました
上郷がまだ謎の地。また行く機会があれば調べてみたいです

 桜城跡 拳母神社、随応院 寺部城跡 守綱神社

豊田を久しぶりにまわりました
豊田市駅でおり
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桜城跡 桜が多かったことからで 佐久良城が正式名だそうです 洪水が多く廃城となり拳母城が気付かれました
公園になっています 隅櫓跡
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防災倉庫もこんな形で城跡を残していく形になるのでしょうか
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拳母神社 子守の神社としてもしられています
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胸を張る狛犬さん
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広い境内 宮参りの方々が参拝されていました
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お祭りの準備でしょうか 人が集まっていて写真がとれていないのですが 神輿殿と、拝殿がならんでいます
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狛犬さんたちが個性的で 
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神殿前の狛犬さんたち
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豊田スタジアムを見ながら橋をこえて 半年ちょっと前にあつくなったことおもいます いまこそワンチーム日本
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随応院へ 前回紹介しましたが
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蓮を
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寺部城跡へ
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公園になっているようなので上がっていったら、こんな看板が
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城跡らしきものを写真で
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段差 土塁だったのか
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ここは高いところ 櫓跡?など考えていました
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守綱神社へ
徳川家康の家臣として徳川十六神将のひとり 寺部城城主 槍の半蔵とよばれた渡辺守綱 服部半蔵とは別人なのですね
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ここもだれもいなくてこの季節、静かに参拝しました

随応院

今日は豊田市へ
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随応院
松平元康が初陣の地のお寺 渡辺守綱の領地であり夫人の墓地があります

知恩院から紅白の蓮を一株ずつ分けていただいたご縁があり、境内、参道は蓮さかり

種類が違うので時間をおいて鑑賞できることでしょう
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本堂では法要?
お墓参りの方も多く、蓮をゆっくりみるのもなんだか
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蓮華  散華を思います
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渡辺家夫人の墓所
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種類の多い蓮 これからもしばらく咲き続けていくでしょう
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西尾城 岩瀬文庫、妙喜寺

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先月に半ばにおそるおそる訪れた西尾城
体温、住所など書き、フェイスシールドをされた方にお茶をいただきました
こうやってお茶をいただけることがとても幸せに思えました
丑寅櫓をながめて
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旧近衛邸 京都から移築されたそうです→京都の近衛邸跡の桜 http://season256.blog.fc2.com/blog-entry-518.html
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西尾城へ
御劔八幡宮 
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参拝して
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資料館から見る丑寅櫓
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櫓から見る工事中の門
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だいぶ出来上がっています
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岩瀬文庫 児童館でした
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岩瀬文庫の展示 これも入ることが出きとてもうれしい
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古書の複製本を検索、実際ふれることができます
姫魚さんのこと、食べ物、貝さかな草が食べられるかとても重要だったようです
雪の結晶の本・・・東海道の見て歩き地図?もありました 
昔の人の関心がなににあったかよくわかります 今と変わらない・・・
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宇治茶を納める手順書の本、
実際和綴じ本をのページをくれることがうれしい

ここからちょっと離れたところの西尾市江原町の妙喜寺へ
西尾は今川氏、吉良氏縁がある地域ですが、徳川四天王の井伊直政の正室 唐梅院ゆかりのお寺をきき訪れました
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唐梅院の母は江原丹波守政秀の娘で 父は吉良町饗庭郷 松井左近忠次といわれています
井伊直虎の父、直盛とともに桶狭間で命を落とした江原丹波守政秀氏に参拝しました
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本堂では座禅体験でしょうか、人もお墓参りで出入りされていて地域に大切にされているお寺ということがわかります
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久々に外出しました。なんだか不思議な気分でした
そしてまた西尾、東条城、吉良など訪れたくなりました


伊賀八幡宮

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伊賀八幡宮へ
蓮の季節 
戦いの場所を見た後は、蓮の花に穏やかな極楽浄土をかんじます
この池もそんな願いで作られたとききます
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蓮の連写
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松応寺 
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七夕飾り もう七月

井田城跡 西光寺、井田八幡宮、明願寺 ~酒井忠次公巡り

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先日 京都知恩院の参道で酒井忠次公の御廟所のお寺を前を通って参拝してきました→https://season256.at.webry.info/202006/article_6.html

今日は岡崎の井田町で酒井忠次公誕生の地ともされる井田城跡へ 若いころから家康公に仕えた酒井忠次公 この地で生まれたのですね
三河武士発祥の地
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井田公園の方から上がると城跡らしい盛地
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大樹寺、岡崎城と重要なラインを担っていたようです
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見下ろす井田公園
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鳥居から見る白龍大神
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城山稲荷神社への参道
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この鳥居が神社へ一番の鳥居になります
隣の公園で親子が遊んでいました

井田城近くにお城跡らしいお寺があるのでそちらへ向かいます
また坂をのぼり住宅街を抜け
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三十三観音様
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西光寺 史跡の多い寺
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本堂
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井田野古戦場 松平親忠が戦い、勝った親忠が敵味方区別なく塚を作って葬りました 千人塚
家康が桶狭間で大樹寺に逃げ込んだ際、追手の織田方とも戦い、倒れた多くの僧を弔った 大衆塚 人も巻き込まれ大きな戦いでした
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芭蕉の句碑

夏草や兵どもも夢のあと  大勢の亡くなった兵士 僧をしのんで
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大樹寺が見える高台にあるお寺
城として機能していたのではという説もあります
この見晴らしの良い場所が古戦場になっていたこと、手を合わせてお参りしました
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大きなもちの樹の下を通り、千人塚へ
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大切にされている、崇敬な雰囲気を持つ地 頭を下げ祈りました 
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境内から見る本堂

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井田八幡宮
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社殿の飾りの荘厳さに目をみはりました
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酒井家の産土社でもあった神社
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ここが入り口の鳥居かと思ったら
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まだ鳥居があって
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長い参道・・でした
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そして歩いて 明願寺
真福寺の別院でもあり、宗遍の茶室が有名でお茶会も特別に開かれるようです
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本堂へ
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美しい庭
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梅雨の晴れ間の中の新緑の中、色づくなでしこ 
DSC06179.JPG何となく蘆山寺の桔梗を思い出します
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青紅葉 紅葉の頃は‥など想像してしまいます
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酒井忠次公ゆかりの場所を 岡崎の井田町あたりを歩いてみました
徳川の時代を作るのに欠かせなかった人材、戦いとともに酒井氏 百年にも渡る戦場でもあったこの井田の地
今は静かな平和な住宅街の中、戦国を思います

知恩院その2 八坂神社

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境内
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遠くに見える京都タワー
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階段をおり
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京都の街をながめ
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振り返り
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円山公園など歩いていくのですがほとんど人がいません お店もまだ開いていないところも
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疫神社 茅の輪をくぐり参拝しました
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大国主命もマスクを
神社に参拝
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茅の輪をくぐりDSC06130.JPG
すずは手をさい銭箱にかざすとなるということで、お賽銭をいれてみました
録音した音でした こんなふうにコロナ対策でかわっていくのでしょうか
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八坂神社をあとに

白龍園 知恩院の御影堂の瓦 八坂神社の茅の輪くぐり・・
久しぶりの京都、まだ開いていないお店などちらほら、四条は人がかなり戻っていました
寺社をめぐるには静かな時間をすごせました 
ちょっとどきどきでしたが、収束を願い大慌てで巡りました 暑い夏またでかけられるといいな


白川 明智塚 知恩院

祇園白川へ
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人の少ない京都の街 
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はも丼、おいしくいただきました
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涼し気な白川
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こちらで水無月、饅頭をかいました
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明智塚へ
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そっと咲いている桔梗
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阿舎利橋
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京都で一番怖い狛犬さんにご挨拶して
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酒井忠次公御廟所
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知恩院七不思議 瓜生石
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親鸞さまのお住まい
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知恩院へ 子の門が自粛中閉まったそうです 大きな門閉めるのも大変だったのでしょう
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お城のような石垣
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さらに上がって
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御影堂へ
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高浜の鬼師さんが作った令和の甍 鬼瓦
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ちゃんと写っているでしょうか 今回鬼瓦を楽しみに参拝しました
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お堂に上がらせていただき、参拝 お寺の方とお念仏を木魚とともに唱えさせていただきました 貴重な体験をありがとうございます
心が洗われる気持ちになりました
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完成した御影堂
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忘れ傘の説明を聞きました 傘の先だけ見えたのですが ちょっと映っているのかな
知恩院の七不思議 住んでいた狐を神にしたお礼に(濡れ狐のお堂は山の上の方、以前参拝しました)
左甚五郎の忘れ傘、傘は水をよぶもの火災防止などいわれています
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屋根にはまだまだ発展をするという意味で未完の瓦をのせてありますDSC06117.JPG
瓦に名残を惜しんで
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毘沙門堂 白龍園

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白龍園を目指して北へあるきます 叡山鉄道の鉄橋 電車がこなくて
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毘沙門天堂 一の鳥居?ここは昔の鞍馬へ参道
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参拝させていただきました ご住職も出てみえてお話もきかせてもらいました
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また歩いていくと龍田神社
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鉄橋をくぐり、白龍園へ 特別拝観は1300円
まだ開いていなくて、前のかじか亭で待っていてくださいとのことでした
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かじか亭
趣ある建物はもとからあった古い建物 隣の沢から聞こえるかじかの声から名付けられたものだそうです
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待つ間お茶をいただいて
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いろりだったころのもの
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安養寺あとの古墳からの出土品も お土産物、展示ものもあり資料館のようでした
白龍園の中にはないのでここでしっかり見ておくのも良かったかもしれません
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白龍園
安養寺、山とも躑躅山ともいわれるこの山は古くから霊山といわれ白髪白髭の不老長寿の翁と、白蛇を御最新として崇敬されていましたが、
竹藪の茂る荒れ地となってしまいました
それを故青野正一市がこの歴史伝説の信仰を知り、復元と開発を祉弁財の姿の原型を完成されました 創業者、社員家族、地元の方の人の手てこつこつと石を積み上げ作られた美しい庭園です
白髭大神と八大龍王から庭園を名付けられました
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東郷元帥の碑
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百発百中
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カエルの卵?
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参道をとおり、白髭大神と八大龍王を参拝しました 
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もうすっかり山の中 開拓の大変さを思いますDSC06057.JPG
安養寺跡の碑
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苔と緑の木々の中を歩いて
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優雅な茶亭のほか、こんな石垣 人の手もかかったことでしょう
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苔と木々の白龍園をあとにして
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二ノ瀬駅へ 高台にあります見晴らすと途中神社がありました
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青紅葉のトンネルをぬける叡電電車DSC06080.JPG
出町柳駅のひえい




 大神宮 厳島神社 補陀洛寺 ~市原  

叡電にのり 市原で降ります
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市原駅の近くに古い神社
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社殿も趣があります
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参道をすすむと 大神宮の石碑が
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道路を挟んで向かい側が 厳島神社
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社殿の額 何の絵なのでしょう
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駅にあった碑
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一体どういうこと人でしょう 調べるために貼っておきます
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補陀洛寺へ

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小野小町の老後のお寺
今までも小野小町の縁のお寺に訪れました
→随心院http://season256.blog.fc2.com/blog-entry-431.html
→東福寺塔頭退耕庵http://season256.blog.fc2.com/blog-entry-649.html
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小野小町かたみの井戸
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小野小町の供養塔
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参道をはさんで


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深草の中将の碑も
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大きな檜の木に守られ
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鳥のさえずりをきいて 二ノ瀬白龍園へ



岡崎東公園 旧本多邸、八柱神社 徳王神社

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六月 旧本多邸 前を通りかかったら開館しているとのこと
コロナ対策を十分に、消毒、受付を通って靴を履き替えてあがります
順路もきまっていて回りました でも誰もいなくて貸し切り状態
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家具の模様はこの植物
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先回写真を撮り忘れたお風呂場のステンドグラス
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タイルとほうろうのお風呂
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1階のお風呂は全面タイル張り
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書斎
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茶室 洋風なのですね
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美しいステンドグラス
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紫陽花の季節
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花菖蒲園へ
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青紅葉の道
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池にはこんな大きな灯篭が
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八柱神社へ
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瀬名姫 築山殿のお墓を拝んで

徳王神社へ参拝 水無月、今月は夏越の祓い 人形を納めさせていただきました 収束を願って


玉鉾神社 武雄神社 豊石神社

武豊辺りは熱田神宮と伊勢神宮の中間地点の神社があるときき、でかけてみました
武豊駅から歩いて10分ほど
玉鉾神社
孝明天皇が御祭神
江戸末期、幕末の非常事態に神々を敬い、皇祖を貴ぶ世運の動向を明察され、生涯を犠牲にして近代の基礎を作られました
この御違勅に従い、天皇の中心であった正八位旭形亀太郎によって御鎮座されました
まだ新しい神社だったのですね 平安神宮も孝明天皇だった気がするのですが
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紫陽花から見る拝殿
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境内は紫陽花など花が咲いたりしてなんだか落ち着きました
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外にあったのですが亀太郎でしょうか
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武雄神社へ 観光案内図をみつけあるきます
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尾張の蕃塀とおお、茅の輪、さっそく回りました 疫病退散
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稲荷社 陶器の狛犬さんがいらっしゃいます
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参拝し、おお祓いの人型を納めてきました
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この神社の植生が広葉樹ということで面白いとのこと
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そして長尾城跡でもあること
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でもどこ?これが遺構?
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終点武豊駅  武豊線は東海道線より早く愛知県にひかれました
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武豊駅
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港までの貨物線あと
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蔵を見ながら
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これはなんでしょう
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また歩いて
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堀田稲荷神社
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手水処
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屋根瓦も稲荷様
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道をはさんで
豊石神社  境内が広い、ここで7月には花火をするそうです
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参拝し、境内をあるきます 津島社など神様が祠に勢ぞろいしている感じ
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武豊駅 たけとよというのは 武雄の武、豊石神社の豊で武豊だそうです
暑くなる中、あるいてみました まだ歩ける、がんばれるきがしました

明忠院、鷲津砦 丸根砦 山神社 長寿寺 

 砦の方をまわってみました
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大高駅から北へ 坂をあがり明忠院
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本堂を参拝 下は保育園のようです
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そしてこんな碑も 保育の発祥なのでしょうか
お寺の横の道をぐるっと回って
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鷲津砦へ
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公園になっています 遊具がありましたが誰も遊んでいませんでした
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ベンチと忠魂碑がありました
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国指定鷲津鳥居の碑
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降りてきたところ新幹線が隣をはしる道にでて、丸根砦へ
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また急坂をあがり、丸根砦
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階段をあがり
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丸根砦の碑
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大高緑地への地図も
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この砦はくるっと回ることができます 桶狭間の方の展望
豊明二村山、沓掛城へこんな丘、山をこえて兵糧、また攻めてきたのですね
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こんな道を廻るのですが、綺麗に整備され途中白石もひかれていました
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大高城の方を眺め
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こんな階段をおりてきました
水道整備の方でしょうか、が上がっていかれました 住宅地の中の砦
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道沿いにあった小さな山神社
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古いお社 丘陵地帯の守り神
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知多四国八十七番 鷲津山 長寿寺 ここで無事に回れたことを報告参拝しました
懐かしい知多四国の最後のお寺 こんな季節におえて、一番をめざしてまた巡ったことを思い出します
そう、あの時も丘陵地帯、途中幹線道路、線路に道を阻まれアップダウンを繰り返し、桶狭間の地名にちょっとドキドキして一番をめざしていました ここで合戦があったこと、身を潜めたり城を築くには良い場所でもあったのでしょう 兵糧入れなど大変なことだったでしょう
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大高駅から見る鷲津砦


大高城跡 氷上姉川神社、本宮、春江院 津島社  

歩きになかなかいけなかったので、久しぶりにあるきました

知多四国で きになっていた大高城跡へ

大高駅のIMG_7354.JPG
駅前にあったこの地図をめぐってみました 遅い時間からでしたので、鉄道の南のみ
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八幡社 源頼朝が鶴ケ丘八幡宮の御分霊を堪請 その後、大高城主はない備中守が大高の里へ、今の御鎮座地と大高城城山に祀られた
家康が大高城の兵糧入れをした1560年、翌年1561年参拝ご祈祷されました
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立派な社殿
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教育に関する書物なのでの倉庫みたいでした 立派な建物
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酒蔵の街、宇治茶の看板もありました
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城下町らしく鍵の手になっていてここが狭いこと 新しい家が近くに立っていて案内がないとそのまま行ってしまいそうでした
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お参りをして
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いよいよ大高城跡へはいります
水野氏の城でしたが、今川氏から織田氏についたため、今川の家臣が城にはいりました
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家康がこのころは元康が桶狭間の戦いに兵糧を大高城へ運んだという逸話が 

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堀跡でしょうか 向こうの景色をみても小高い場所というのがわかります
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坂をあがり、本丸跡 子供たちがサッカーをしていました
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展望のいい本丸跡 鷲津砦など見えるのですが、人がこちらを見て写ってしまうので写真は少しだけ
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二の丸へ行くところの土橋と堀跡
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本丸の上の所に城山八幡宮がありました
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織田信康 信長の父上が亡くなったところでもあったと思いますが、ここにも勧請されたのですね
降りてまた歩きます
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酒蔵をみて
23号を歩道橋を超え、神社の杜をぐるっと回りあがり
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氷上姉子神社  熱田神宮の本宮といわれています
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参道をずっと行くとまた鳥居があり、
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参拝しました 熱田神宮の草薙剣 倭建命の姫、宮津姫が祀られています
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参道を戻って元の道へ出ると向かいに本宮の鳥居が
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車止めもあって山の中を歩いていくのですが、先ほどの神社と違って誰もいない・・
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鳥の声が聞こえるのが唯一 安心して上がっていきます
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ぽっかり広い境内に 参拝して横の石碑には
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宮津姫の住居跡だったのですね
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神社からくるっと回って降りていくと平の池
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23号を渡り、新興住宅地をぬけ、
石神白竜大王社
大高城の火伏の役目でもあったようです
またあるき
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大高山春江院 曹洞宗
1556年大高城城主御簾の大膳が父和泉守の菩提を弔うため 横須賀長源寺4世峰庵玄祝を開山
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山門をくぐり、
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広い境内
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鐘楼
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大師堂 直伝弘法大師巡りの札所
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大高小学校の前をとおり、団地の中を‥公演を曲がると駅前の地図にはあったのですが
これが公園だったようです。木が生い茂り、学童のプレハブがあり、バスケットゴールがかつての姿をとどめているようでした
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津島社
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天神様と一緒にまつられているようです
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今日無事回れたこと報告し参拝をしました

出だしが遅かったので、駅北の砦がまわれなかったのが残念 ちょうど大河でやっていたのでみておきたかったところ
大高城って城下町なのだと改めて思い、また訪れてみたいと思いました