蓮性院 松明院 隣松寺

細川氏縁ときく蓮性院へ
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細川山 蓮性院
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本堂跡があり
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元首相がご先祖に参拝された記念碑
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墓所は、よくわかりませんでした


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松明院 
1368年松平村大給の仏堂を、初代大給城主松平乗元が再建 細川城も所有していた その戒名から松明院と名付けられました
1582年現在の場所に移され 大給松平家、奥殿松平家の菩提寺となりました
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総門横の観音堂と睡蓮の池
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この時期なので連写させてください
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矢作川を渡り、豊田市へ この間上郷駅でまったくバスがなく、といって近くのお寺巡りもあまりできなかったのでちょっと離れた隣松寺へ
いってみました
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浄土宗 稲荷山 隣松寺
淳和天皇の第三皇子の東山親王国永公が当地に配流され、承和10年なくなられ仁明天皇がその追善のため創建 天台宗でしたが、明徳年間に浄土宗に改宗
境内の稲荷社は松平弘忠が家康の誕生に成長の無事を祈願したもの 
家康は三河一向一揆で稲荷社に戦勝祈願し、勝利したのち、寺号を「玉松山」から「稲荷山」に改めてj自身の甲冑姿の木像と念持仏を奉納し、朱印地30石を寄進した ~wlikiより

ここ訪れた目的の一つに細川氏3代の墓所があるということでしたが、大きなお寺にすっかり忘れていました

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長い参道
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これもダイナミック
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中門
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葵御紋の手水処
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本堂
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庫裏
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美しく手入れされたお寺のお堂に魅了されます
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稲荷さんも
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伏見稲荷さんから勧請されたのですね
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そして一向一揆の時にこのあいだ 上郷でみた上野城とも合戦があったのですね 一向一揆は本証寺、岡崎あたりかと思っていましたが、ここも 徳川の御紋があるのもうなづけます

まだまだ知りたいまわりたいところもあったけど、今日はここまで 細川氏、大給松平氏など、松平にまつわるところを少し回りました
又落ち着いたら調べながらめぐってみたい

奥殿陣屋 岡崎市 

やっと自粛が解けたかと思ったら雨、コロナ禍になってしまいました
車で買い物に出かけたときに、先日行けなかった静かな岡崎の山会いに寄ってみました
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奥殿陣屋
奥殿松平家の初代は真次で二代将軍秀忠の家来として、大阪の陣に活躍し、大番頭に抜擢された 二代の乗次の時、大給藩となり第4代乗真の時、奥殿に陣屋を移し、奥殿藩が誕生しました 案内より 松平の第四代親忠から分かれています
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資料館にあった陣屋の概要 もっと古い地図もあったのだけど、私レベルではわかりづらくて
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学問所もあったようですね
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上がっていって
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上から見た全景 木ばかりですが
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蓬莱の庭を散策
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書院と金鳳亭
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書院でお抹茶と紫陽花の和菓子をいただきました
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窓から見る庭
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書院の中、刀もありました 純情きらりのロケ地でも
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裏千家 玄々斎宗室生誕の地 玄々斎宗室七代目五男です
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御廟所を参拝しにあがります
土塁跡 七神宮
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御廟所には静かに参拝しました
陣屋入り口の茶屋では人に会いましたが、ほとんどだれもいない空間 
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違う道、今度は山道を通っておりてみました
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蓬莱の庭に降りるはずが猪除けの柵、電線にはばまれ、どろどろの中またもとのみちにあがります
買い物ついでなので、バッグもリュックでないし、靴も歩き用でなく、サンダルでなかったのが幸いでしたが、やはり用意はしていかないといけませんね
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熊野神社の方へおります
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参拝し
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奥殿陣屋の入り口
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持統天皇が命名されたとされる花ぞの山村積山のふもとの陣屋 花も美しいと聞きます また訪れたいところ・・

達磨寺 奈良

王子駅からバスを降りて 達磨寺へ
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聖徳太子の飼い犬の雪丸くんが出迎えてくれます
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マスクをした雪丸
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足跡のあとをおっていきます
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からくり時計もみえてきました
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ここにも雪丸
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雪丸に導かれ達磨寺につきました

臨済宗南禅寺派 片岡山 達磨寺 
達磨大師が613年推古21年飢えたものに身をやつし、聖徳太子とであった歌を詠み交わしたお寺

聖徳太子が片岡に遊行された際、一人の異人が道に伏せて飢餓に苦しんでおられました。太子はとても憐れんで衣食を給し、一首の和歌を詠んで去られましたその翌日祖の異人は亡くなられ手厚く葬らせ、後日その屍を検視すると屍がきえ、衣服だけがお棺の上に残されていました
世の人はこれは達磨の化身だといい、その奇跡に驚きました。このお棺の上に達磨塚を整え、さらに精舎を建立し、聖徳太子自ら刻んだ達磨の木像を安置したのが始まりとされています 
その後荒廃していたところ建久年中に笠置の解脱上人が達磨の木像を繕い、塚上に三層の塔婆を建てて初めて達磨寺と称されました
その後興福寺僧に焼かれ、延応年中に松尾の勝月上人が再興し、永享年中に建仁寺の南峰禅師が住持と成り 足利の慕命により中興されました松永久秀の兵火で堂宇を失い、 正親町天皇の綸旨徳川秀頼により佐健され、徳川家康から30石の朱印地が安堵されました~案内より

とても見所の多いお寺なので、ゆっくり書いていきます
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石塔の遺構もあるのですね
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人が石を抱っこしていましたので何かと思ってみにいきました
薬師石
眼を閉じて妙手で抱けば病気が全壊するという、江戸時代の大和名所図会の達磨寺の挿絵に薬師石が乗っているので、古くから信仰があったとされます
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導いてくれた雪丸 聖徳太子の飼っていた犬だそうですが、人の言葉がわかりお経も読めたという賢い犬 すごいな
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そしてそうなのです、大河でも出てきた松永久秀の墓所も 先ほどいった信貴山城の城主でもありました
兵火でお寺も焼けているのですが・・そこは温厚なお寺なのでしょうか

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建築など珍しいものが多く、どうしても説明板をとってしまいます
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本堂に上がらせていただき、参拝しました
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千手観音様、拝観させていただきましたが、手を細かい細工で巧妙に繊細に作られています
お写真はお寺のパンフレットから頂戴しました
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古墳群も
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達磨石 達磨大師が座ったとされる石
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聖徳太子の太子石
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石も
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境内の藤棚 花も見どころも多いお寺 また訪れたいなと思いながらDSC06421.JPG
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案内してくれた雪丸 
聖徳太子の新たな一面をみる信貴山、王寺巡りでした まだ詳しく知りたい、訪れたいと思った旅でした