遍照院 三河新四国開創霊場

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今日は四年に一度の閏日
三河新四国開創霊場の遍照院にお参りしました
今年はいろいろありますが、目に見えぬものの脅威、想像が及ばない不思議な存在
どうぞ平穏になりますようお願いしました
巡拝、山も無事に廻れますように
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小雨降る中の梅

万燈山 長圓寺 本光寺椿 幸田郷土資料館ひな祭り

今年は感染症もあって外出もなかなか
山の春の草をみたくてでかけてみました 2/24
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長圓寺 三河七福神
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本堂にお参りして
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宝物をよんで、おお、光悦、松花堂、京都のものがあるのですね、京都で見てきたことを思い出しましたDSC05461.JPG
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千両 冬のものだと思っていたのに
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山頂145.9m一気に登りました 暑い
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この日はかすんでいました 春の花をさがしてみたのだけど、今回は芽をみつけることができませんでした
今年は暖かいからもっと見つけられると思ったのですが 私の観察力不足でしょうか

紫陽花で有名な本光寺さんの椿をみにでかけました
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本光寺
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深溝松平氏の墓所があります
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参拝して
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本堂は修復中
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これだけたくさんの種類の椿があるのですね
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このような道を上がっていくのですが、椿がさいていない
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頂上へ 先客の女性の方が見えて今年はまだだねと話をしました
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本堂に戻って
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しだれ梅
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お寺をでて近くの道
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河津桜の並木
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だれもいない贅沢
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幸田郷土資料館の雛祭り展
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武将の土人形 光秀公も

陽光の中、春をさがしに出かけてみました

城南宮

バスに乗り、城南宮へ
え、すごい人。以前訪れた時はいなかったのに
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源氏物語の花の庭 600円拝観料を出して入ります
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椿としだれ梅の世界が広がっていました
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しだれ梅が素晴らしい、人もとても多いのですが。
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落ち椿も
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前に工事中だった拝殿
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城南離宮の庭
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ぐるぐるまきの蘇鉄 
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杜若はまだ
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本殿にお参りして
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狛犬さんと
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皆さんに写真を撮られていた梅
もうバスもいっぱいでしたので歩いて歩いて安楽寺へ
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前この御陵は工事中でした 綺麗な姿を見ることができました
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安楽寿院
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京都の梅巡り、咲き終わったところ、満開なところ、神社の静粛な感じなところ、梅の魅力、香りを満喫してきました 
城南宮はもう人でびっくりでした
「東風吹かば、匂いおこせよ梅の花、主なしとて春な忘れそ」道真を慕って遠く太宰府天満宮に飛んで行った天神様の飛び梅をそっと思います





勝龍寺城跡 恵解山古墳(いげのやま)長岡天満宮

阪急に乗り、長岡京駅でおります
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神足神社へ
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の解説で
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こんな細いところを渡って命を落としたのでしょうか
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神足神社
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梅も
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ガラシア通り
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勝龍城跡
1571年 織田信長は細川富士隆に京都の防護点としての勝龍寺城の普請を命じ、1578年細川富士隆の長男忠興と、光秀の娘玉との婚礼がおかなわれました
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天守の中ではわかりやすい映像、展示がありました
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井戸 浜松城でも見ましたが、城内では井戸は重要な水源
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玉ガラシア夫人と細川忠興
玉の一生をしのびます
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石垣になったお地蔵様
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恵解山古墳
古墳時代に作られた前方後円墳
歩いた写真からではなかなか感じられないけど。五世紀前半の支配者の墓とされています
造り出し 古墳の両側に作られた祭りの場 を埴輪の並ぶ丘を目指し上ります
小高い丘、戦場の本陣でもあったとか
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学校の間を抜けて
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長岡天満宮へ
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平成30年の北部地震のあとに描かれたものです
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馬酔木も咲いて
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本殿
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梅林へ
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DSC05338.JPGだいぶ見ごろを過ぎていましたが、かわいらしい花も
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メジロがきていたのですが、
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本殿に戻って
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長岡天満宮をあとにして

梅林公園 六孫王神社

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京都駅から梅林公園へ
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面白いモニュメントが続きます これはクラゲ
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引退したこだま まるはなくん
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オオサンショウウオ
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梅林公園は見ごろを過ぎたようです 
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不動明王堂 中で参拝なさっている方がみえました
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六孫王神社
清和源氏の始祖 歴史に名を遺した人たちが多いことでも知られています
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池の弁財天 小泉八雲の小説にもゆかりがあるそうですDSC05245.JPG
朝廷から提灯など下賜され、菊紋を使うことを許されました
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扁額
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神馬
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歩いていたら
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お寺の中に線路があってびっくりしました



滝山寺 鬼祭り

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滝山寺 鬼祭り
鎌倉時代から続く火祭りにでかけました 源頼朝の祈願から始まり、一時は廃絶したもの、家光公が東照宮を建立し、幕府の行事として復活
滝山寺の鬼は邪鬼から払う役目の鬼 迫力あるお祭りなのですが、私のカメラで夜のお祭りはあまりとれませんでしたので記録です
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石段を上がった先のたいまつ 十二人衆によるものだそうですDSC05174.JPG
東照宮に参拝して
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16時30分説明があり、太鼓奉納が始まりました
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十二人衆が上がってきます
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鐘がつかれました 鐘の音で始まるお祭りは初めてです
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仏前法要
住職と冠面者が本堂に入り法要を行います
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境内を清めます
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火も入りました
お礼振り 十二人衆のうち二人が人前で薙刀を振り邪鬼をはらい、本堂、裏手の日吉山王社、東照宮の順でふります
鬼塚供養がはじまりました
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冠面は祖父、祖母、孫面はあるけど、父、母面はない。これを付けた僧が面が取れずに亡くなり、鬼塚へいった五穀をまいて供養します
内陣を参拝していいですよということで、皆さんと上がらせて鬼塚供養を拝見しきました 貴重な参拝ありがとうございます

面を被る方の紹介がありました 冠面者の方は1週間女性の作ったものを口にすることができないという決まりがあり、小学生の9歳の子は給食が食べられなかったそうです。9歳の時にしかできないもので大変貴重な体験とか。
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豆まき、たんきりあめがまかれました。夜の豆まきははじめて。
なんだか石を拾ってしまったりと、ハプニングもありました。が たんきりあめを2つ拾い、一つはとれなかった方にあげました
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たいまつに火が入ります
消防団の方もついていて

庭祭が始まり、鎌倉時代からの口上で、意味がよくわからない伝統のものと住職から説明がありました
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田植え歌、太刀などあったのですが、写真がもうとれない・・
ラストは火祭り 火はとても燃えていましたが、このころはバスの時間でおりてきてしっかり見ることができませんでした
カメラも私の技術も夜がしっかりとれるものにしなくては
貴重なお祭りを参拝することができました。お祭りの関係の方ありがとうございました

浜松城、磐田香りの博物館

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浜松駅から見た街
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アクトシティ浜松 浜コンでもおなじみ ここからピアノの演奏、世界へ旅立っていきます
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街を抜けて 今日は浜松城へ
家康公が居城し地名を浜松と改名し、のち、松平氏以降譜代の大名が次々入り、
歴代藩主は要職に就くことが多く、出世城と呼ばれるようになりました
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石垣の野面積 
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若き日の家康公 岡崎城よりずいぶん成長されました
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天守にあがり
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三方ヶ原の方をながめます 武田信玄に敗れた徳川、織田連合軍 家康公はこの時の自画像を残しています
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天守の地下にあった井戸
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南から見た天守
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復元された天守門
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中に入れますよということで見学 石落としがありました
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こちらは天守の外にあった井戸
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浜松城から降りて
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浜松城で城下のジオラマをみたら、城下町をあるきたくなりました

五社神社と諏訪神社 

五社神社 曳馬城(のちの浜松城)久野越中守が城内に創建したのが始まり、家康公の時代秀忠公が1579年4月7日誕生にあたり産土神として崇敬されました。
諏訪神社 791年坂上田村麻呂が東遠征の際、奉斎1556年曳馬城に遷座、秀忠公の誕生にあたり崇敬されました
大きな社殿と狛犬さんに圧倒されます
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神社入り口の梅?桃?
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参道から見た神社
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城下町では鮒と鯉が料理されもてなされていたと浜松城の案内で聞きました。ウナギではないのね。
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磐田香りの博物館へ 

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吊るし飾り 縁起物が様々飾られています
49個の飾りが50歳までという寿命の手前 
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御殿飾り、この御殿は御所ではなく静岡県の浅間神社が原型とか いわれてみれば神社のつくりの立派な御殿
静岡では雛飾りなど作られているようです
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ひな祭りの伝統菓子 伊賀饅頭もあってにっこり
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伝統料理も
全国共通のお祭かと思えば、地方色の濃い行事ということがわかりました
ひな人形、飾り方、道具、お料理、お菓子・・
子供の幸せを願い、厄を払ってもらう そんな願いのこもったかわいらしいお祭り
もうすぐ春・・

令和を迎えた東京で東照宮を参拝し、岡崎からの家康公、これから大河の舞台になっていく浜松を追ってみました
浜松周辺を冬から春への移ろいを、鳥、城、神社などを街歩きをしてきました。
浜名湖の湖をもっと紹介できたらよかったかなと思います。
今年は暖冬 
吹く風は時折寒いけど、春はもうそこまで






弁天神社、岐佐神社 東海道舞阪宿

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新所原から弁天島駅へ
駅の観光案内所で話をして 弁天神社
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天橋立のような美しい浜であったところで舞い降りた天女様が三保の松原にいかれてしまい、のち島となってしまった弁天島に弁天神社が建てられました

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拝殿と本殿
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そして大鳥居 
琵琶湖の白髭神社も思い出します
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遠江八景の場所 琵琶湖の近江八景も思い出します
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でも今は浜名バイパスも
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気温10度くらいだったけどこの風景は南国
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浜名湖への橋 もう海水が橋げたに近い。
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北雁木跡
身分の高い方はここから東海道をわたっていったとか
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常夜灯
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南雁木 こちらは庶民の荷の積み下ろしなどに使った場所
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神社もありました

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岐佐神社
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三本の鳥居をくぐって
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石段をあがり
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古い狛犬さん
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本殿 開いていました 参拝をしました 

蚶貝比売命(赤貝の神様)蛤貝比売命(蛤の神様)が祀られています
大国主命が兄弟たちの罠にはまり、猪といわれた赤い大きな焼けた石を落とされ、死にかけた時、天上から遣わされた二人の女神様
赤貝が貝殻の白い粉を、蛤が液を出しそれを練って全身に塗ったところ大国主命はいきかえりました
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大やけどしたといわれる赤い石
貝のパワーってすごい そして頑張って癒してくれる優しい女神様にも力強さを感じて

東海道舞阪宿
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脇本陣跡 本陣は民家になってしまったそうで
残っているのは草津、二川くらいだそうです
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無料で入れます 奥に長い
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炊事場
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坪庭
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書院棟の上段の間
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蔵 梅が咲いていました 
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東海道街歩き
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長い松並木を通って舞阪駅へ
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マンホールも松並木




浜名湖佐久米駅 ゆりかもめ 冬の風物詩

冬晴れ、少し暖かいので、浜名湖にユリカモメが飛来している話をきいて出かけました
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静岡県新所原駅から
天浜線にのります。ワンマンカー
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ICカードがつかえないので、切符は購入、もしくは降りるときに運転手さんにはらいます
田園地帯、トンネルをくぐり 
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三ケ日駅は登録有形文化財 車内からではうまく伝わりませんが。また下車したときにでも
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奥浜名湖が時折車内から望めます
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浜名佐久米駅  全然鳥が来ていません
一度降りて駅併設のカフェかとれあさんでパンの耳100円の餌をかいます 餌がないとこないよとお店の方に言われました
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きたきた、手に泊まりそうな勢いでやってきました 写真がうまく取れない
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カメラマンの方が、今年は少ないなあと話していました
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足が赤いのが成鳥、肌色が子供だそうです
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オオバンもきているそうですが、寄ってこないのだそうです
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餌もなくなり、列車が来たので、新所原へもどります
もうすぐ春 ユリカモメが飛来するのもあと少し、貴重な時間を過ごしました

冬の花 彼岸花の葉

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日本水仙
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カタバミ
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彼岸花の葉  春先になると枯れていきます
葉見ず花見ずの彼岸花
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秋の彼岸花

温かい冬も寒くなり、花も少しずつ春の気配に

久麻久神社 八面山


冬晴れの今日。
寒いけど冬は遠くが見張らせるので、久しぶりに八面山に登ってみました
途中きらら橋、雲母の採掘孔がありました 石の取れる山なのですね
麓の久麻久神社で参拝して上らせていただくことを報告しました
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鳥居からゆかしい神社を感じます
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連理の椎
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式内 久麻久神社 本殿
宗仁天皇のころ、丹後国より久麻久蓮の一族が開拓
文武天皇(701~4)のころ、須佐之男命を御祭神 牛頭天王像は藤原時代 県下最古のもの
古井陶製、木像の狛犬さんも有名 吉良氏ゆかりの実相寺とも縁のある神社
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不思議なことに天満社の社殿はスマホの写真シャッターが切れませんでした。力を感じる神社です
八面山山頂の展望台へ 標高64.7mの男山
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隣の標高39mの女山が見えます
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光る三河湾と知多半島の中部電力の鉄塔
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鈴鹿山脈
ニュースによると7日は蜃気楼のように雪山が山の上にでていました
が、今日は雲が浮かんでいるようで、見えませんでした。
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雪を被る南アルプスの山々

展望台にいたカメラマンの方たちも、蜃気楼をねらっていたようですが、今日はかすんじゃったかな
もう春も近いかなと話していました。
ちょっと寒いけど、眺望の良い、冬山?散歩でした

梛神社、壬生寺 節分 菅大臣社

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JRに乗り、二条でおり、駅前の平安京の地図
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こんなかんじ
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梛神社へ
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この奥に石がありますDSC04984.JPGDSC04985.JPG

壬生寺へ
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新選組の関連の家 お土産物やさんになっていました
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すごい人、、上のみで 
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ほうろくを奉納しました。持っていて写真を撮りませんでしたがほうろくに願意など書いておさめます
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護摩炊きが始まります
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壬生狂言がおこなわれているところ
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山伏さんたちがいらっしゃいます 護摩たきがおわったようです

また歩いて
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菅原道真が住んでいたところ
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なかなかユニークな狛犬さん
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牛さんと梅
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しだれ梅
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白梅も咲き始めています
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またしばらく歩いて
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繁昌神社 お参りして豆をいただきました
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茶房でお茶をいただきました 急須の中のお茶の葉が開くのをながめて 宇治、夏の茶畑宇治田原も思い出して
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節分に壬生寺の豆を 今年もまめにくらせますように

大河館、妙心寺玉鳳院 仏殿、浴室明智風呂

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今日はここから 亀岡の大河ドラマ館から 京セラドームの中にあります
亀岡城も明智光秀の縁のお城
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光秀さまと 写真撮影はここまで 中は撮影禁止でした
大河ドラマメイキング、、本能寺の変の謎いろいろな説、俳優さんと役柄、着物の展示がありました。始まったばかり今後がどうなるか。。。
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亀岡駅から見る駅の北側、京セラドーム
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妙心寺
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閉じられている勅使門
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塔頭
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三門 特別公開で楼の中の絵を見せてもらったことを思い出しました
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今日は玉鳳院へ 写真撮影禁止なのでお話があったことを覚書に
花園法皇の離宮跡を禅寺にしたのが妙心寺の始まり
方丈は狩野永真の麒麟、ちょっと愉快な龍の障壁画、花園法皇の木像が奥にあります
開山堂、微笑庵(みしょうあん) 3時10時何時だったか、一日3回塔頭の住職が持ち回りで、お経をあげるそうです。夜中の3時とは。ご飯も炊いてお供えしているそうです。風水井戸 風水はなくなる場所を見つけるという意味でもあり、開山した慧玄が立ったまま亡くなったそうす。立ったままというのは臨終によいことだそうです
棗型手水鉢 下は蓮の葉のような石
夭折した豊臣秀吉の長男鶴松の霊屋、前はおもちゃの車が奉納されていたそうですが今は博物館へ
織田信長、信忠の石塔、武田信玄、勝頼の石塔がありました
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外に出て 二つある勅使門の破風の向きがちがいます
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応仁の乱の跡があるとのことでしたが、これでしょうか
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仏殿へ
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蓮の花を手にした拈華微笑ねんげみしょう(言葉なくして思い通ずる)の本尊釈迦如来様と迦葉尊者と阿南尊者の像が脇侍
祠堂に明智光秀の位牌が安置されていました
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浴室 明智風呂へ 光秀の供養のためにたてたもの 本人が入ったわけではない風呂です
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お風呂は毎日はいるということではなかったそうです
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入り口の蛙股
中の写真撮影どんどんとってよいですよということなので、
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この写真が全景なのでわかりやすいでしょうか
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蒸し風呂 水をためて
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まず火をおこして釜で湯をつくり
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木の箱の所に入れ、わかりにくいけど、こちらもしたが竈で碑で温め、湯気を部屋の中に出し、サウナに
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煙だし
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配水溝にもなっていたお風呂の前 光秀の命日のみ「開浴」の札、他の日は「施浴」
昭和2年まで使われていて、訪れた人の中には実際入った方もいたとか。ここに来るときに境内中の小さい車に乗っている年配の方たちがいらしたので、懐かしくて見に来られた方なのかな
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櫂をこぐこのお姿が浴室にはかかげられるとか
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光秀辞世の句
本能寺の変ののち、光秀は妙心寺仏殿に礼拝し、辞世をして自害をしようとしたが、それを察した妙心寺の僧が自刃を戒めました
光秀の叔父であった太嶺院の僧密宗和尚は光秀の菩提を伴うために浴室を建立したそうです
光秀と妙心寺と私には意外なつながりでした