勝龍寺城跡 恵解山古墳(いげのやま)長岡天満宮

阪急に乗り、長岡京駅でおります
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神足神社へ
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の解説で
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こんな細いところを渡って命を落としたのでしょうか
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神足神社
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梅も
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ガラシア通り
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勝龍城跡
1571年 織田信長は細川富士隆に京都の防護点としての勝龍寺城の普請を命じ、1578年細川富士隆の長男忠興と、光秀の娘玉との婚礼がおかなわれました
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天守の中ではわかりやすい映像、展示がありました
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井戸 浜松城でも見ましたが、城内では井戸は重要な水源
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玉ガラシア夫人と細川忠興
玉の一生をしのびます
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石垣になったお地蔵様
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恵解山古墳
古墳時代に作られた前方後円墳
歩いた写真からではなかなか感じられないけど。五世紀前半の支配者の墓とされています
造り出し 古墳の両側に作られた祭りの場 を埴輪の並ぶ丘を目指し上ります
小高い丘、戦場の本陣でもあったとか
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学校の間を抜けて
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長岡天満宮へ
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平成30年の北部地震のあとに描かれたものです
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馬酔木も咲いて
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本殿
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梅林へ
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DSC05338.JPGだいぶ見ごろを過ぎていましたが、かわいらしい花も
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メジロがきていたのですが、
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本殿に戻って
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長岡天満宮をあとにして

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この記事へのコメント

2020年02月26日 07:58
麒麟がくるの製作が決まった2018年に一度来ています
当時の勝龍寺は見どころも無い城址公園でしたが今は幟が立ち説明看板も設置され大河ドラマの人気にあやかろうと一生懸命整備されていますね
分かり易い映像も製作したのでしょうか

長岡天神の梅林は色々な方がブログに載せていますね
立派な梅林
丁度見頃に訪れる事が出来て良かったですね
かのこ
2020年02月26日 23:46
勝龍寺城、お寺の雰囲気が感じられないお城でしたが、整備が行き届いていて、訪れた時もお掃除をなさっていました。城郭の説明も丁寧になっていてわかりやすかったです。玉の運命をとてもおもいました。山崎の戦いなど古墳、遺跡からも感じられることもあり、きになっていた登りたい天王山がみえました。
長岡天満宮、さすがに梅林、りっぱですね。椿に来ていたメジロが撮れていないのが残念ですが、春の雰囲気をかもしだしていました。梅の香りもして。見ごろを過ぎたのかと思ったのですが、うちの近くの天神様は終わっていたので、まだこれからなのですね