小栗栖八幡宮 明智藪 小栗栖天神宮 随心院

小栗栖八幡宮
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お掃除をみなさんなさっていました、その中を参拝させていただきました
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この辺りは飯田家に治められていました。織田よりだった飯田一族。光秀が逃げてきてもかくまうことはしませんでした。
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山の斜面に建てられています
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光秀藪へむかいます
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お地蔵様の水のところを民家の方へまがり
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明智光秀公の供養塔を拝み
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ここでなくなったそうですが、周りの木々が伐採され・・台風で倒れたのでしょうか
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二本の竹が鳥居のようになっていました。
また元の道に戻ってお寺へ
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明智光秀公の供養塔を静かに拝みました 
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道をおりすすみます
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小栗栖神社
百段ほどの石段を登り参拝 剣術の練習をなさっている方がいらっしゃいました
天満宮ではなくて、イザナギ、イザナミの神 古い神社です
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社殿にお参りし
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石段から見る小栗の街
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また車の通る道をあるき、光秀公の胴塚 ブドウの販売所の隣にひっそりありました
綺麗にされていて拝みました
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川をわたり、
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橋の反対側
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随心院へ

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梅はもう緑へ
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今日は中の拝観はしなくて外をめぐります
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前を通り、奥の道をすすみます
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清滝神社
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狛犬さん
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ご神木でしょうか
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また道をすすみ
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前回は見つけることができなかった文塚へ
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文塚へ 人のことをおもった文を供養した深草の少将からの恋文。今はネットで簡単に言葉を発信できるけど、こんな形で大切にすることも必要ではないかと。言葉の持つ力を信じ大切にしていた昔の人を思います
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白い花に囲われて
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奥に萱の木があります
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弘法大師の塔頭をお参りして、随心院をあとにしました
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駅前で鱧をいただきました。

山科の山道は昔は琵琶湖へいく主要な道だったのでしょうか
頼光公、光秀公の無念な思いを感じ、お参りし、深草の少将がかよいつめた随心院の文塚を参拝しました



 


この記事へのコメント

2019年07月30日 08:14
来年の大河ドラマでは、初めて智将・明智光秀を主役とし、その謎めいた前半生に光があてられます
googleマップにも、明智藪、胴塚も表示されるようになりました
明智藪は台風被害でしょうか?以前訪れた時とは全く変わり果てています
驚きました

小栗栖の古道を歩き、頼政公と光秀公に思いをはせる歴史旅
素晴らしいですね

京都の夏の味、鱧の湯引きも楽しまれ充実した京の夏ですね
かのこ
2019年07月31日 07:00
明智光秀公、せきあさんもいろんなところを巡っていますね。いつも読ませてもらっています。今回山科の山道を抜けて琵琶湖へいくところをとおりました。
光秀が逃げてきた気持ちなどを考えて参拝してきました。
家康が伊賀越えをし、、半蔵門を江戸城に作ったのもよくわかりました。
味方もいない中、藪の中で命を落とした光秀公無念さを感じてきました。
大河になるころは人も大勢になるのかな。この古道の雰囲気を残しておきたいです。