四季便り

アクセスカウンタ

zoom RSS 若一神社

<<   作成日時 : 2019/03/24 20:36   >>

ナイス ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 2

阪急に乗り、西院で降り、バスに乗り換えます
画像

道に大きな楠があります 切ろうとするとなにかあるそうです
画像

平清盛公の御手植えの神木の楠
〜風光明媚な:この地に別邸造営し、西八条御所と唱り〜パンフレットより
画像


画像

若一神社 御祭神は若一王子 開運出世

光仁天皇の御代、唐より威光上人来り、紀州熊野に詣でしおり、苦しむ人々を救わんとご分霊若一王子のご神体を笈に負い、旅立ち当地に来り、森の中の古堂に一夜を明かし、ご神意に従い、堂中に安置し泰斎鎮座し給う。その後異変により土の中に入りたもう〜パンフレットより
画像

1166年熊野詣でお告げがあり、平清盛公、帰郷ののち、土中より若一王子のご神体現る 開運出世を祈り給えば、太政大臣に任ぜられる
画像


画像


画像

土中より現れたご神体を世に出し、御神前に供えたご神水 水の神社でもあるのですね
画像


画像

神社の扁額 上に屋根のような竜のような
またあるいて
画像

安倍晴明ゆかりの神社
稲住神社 もとは途中で畑も見たけどここはもと農地だったのですね
画像

網が張ってある祠 魔王様もまつられていらっしゃいました なんだか今までと違う雰囲気にぞくぞくしてしまいます
画像

画像

天文学者であった安倍晴明子孫の 土御門一族の菩提寺 梅林寺
画像


まだまだ歩いていきます
画像

新幹線、在来線の高架そばのモクレン
画像

屋根の上の鍾馗様
画像

西寺 公園になっていました
画像

碑だけぽつんとあります
画像

ある意味古墳みたいだけど
画像

またまた歩いて
画像

鎌達稲荷神社
711年の御鎮座とも、538年の仏教伝来のころの御鎮座ともいわれ、伏見稲荷より古く元稲荷とも伝えられています
画像

安倍晴明の子孫 土御門家の祭祀の神社
五穀豊穣、開運の神社でもあるようです
画像


画像


画像


画像

矢取地蔵尊
西寺はなぜなくなったのでしょうか
画像

〜右肩に傷のある石の地蔵尊。
824年東寺の空海、西寺の僧都が神泉苑の池で雨乞いの祈祷をし、空海の時に雨が降った。このことで西寺の僧都が恨み、羅城門の近くで矢を射かけたすると黒衣の僧都が現れ肩に矢を受けて空海の身代わりとなった。黒衣の僧は地蔵尊の化身で羅城門の跡地にお祀りした〜案内より
どうして一緒に力を合わせて祈祷しなかったのかな。やはり流派とかあったのかな?

画像

そして羅城門跡へ、えっあの羅城門?羅生門の小説のようにおどろしいものでなく、ここも公園の中 石碑だけでした。
画像



テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 1
ナイス

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
梅小路辺りは、平清盛、土御門家のゆかりの地
何かが現在でも犇めいている地と梅林寺の住職が言っていました
僕の記事を読んでその跡を辿られたんですね
清明、空海が天空で雨乞いの祈祷をしているかのような天気という言葉がじっくりその土地を巡った感想なのでしょうね
良い巡りでしたね
せきあ
2019/03/26 07:55
はい、せきあさんのブログ、清明のこと書かれていて面白く読みました。実際訪れてみると、大きな寺院多い地域と違って雰囲気がちょっと違いますね。都の端で、祈祷をしている、天文学、仏教の力で守ろう、封じ込めようという感じがしました。天気も見ていただくとわかりますが、来る前は小雨、歩き始めたら天気雨、天気もあがってきたかと思ったら、東寺をすぎたあたりからまた突然の大雨、と天気の変化が大きい一日でした。
かのこ
2019/03/26 21:28

コメントする help

ニックネーム
本 文
若一神社 四季便り/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる